Archive for ◊ 10月, 2013 ◊

• 木曜日, 10月 31st, 2013

彼は落ち込んでいると言った。この場合、彼がこのみじめさを選択していると言ったが、直接選択しているとは言っていない。彼が直接選択していたのは、落ち込み(あるいは落ち込みを選択している)と呼ぶ、行為と思考という全行動の構成要素である。彼が落ち込んでいるかぎり、頭の中には同じ不幸な思いが去来し続ける。彼は繰り返し繰り返し次のように考えた。彼女が家を出ていかなければよかったのに。帰ってきてほしい。彼女に対して違った抜し方をしていればよかった。彼女が戻ってこなかったらどうしよう。このようなみじめな思いを持ち続けると、彼は不活発になり、まるで麻痺したかのようになった。何をするにも努力が必要で、起きて、仕事に行く気にもなれない。不活発になれば、生理反応はより一層明白に関わってくる。いつも疲労感があり、何をする気にもなれない。完全なエネルギーの欠如。 more…

• 水曜日, 10月 30th, 2013

彼の思いが繰り返されているのも、彼なりのやり方で試みているのですね。彼の論理はこうである。妻のことを考え続けていれば、彼女を連れ戻す考えを思いつくかもしれない。妻が帰ってこないかもしれないとは絶対に考えたくない。ここで、私たちが感じていることをどのように間接的に選択するか、また生理反応をどのように間接的に選択するかに焦点をあわせてみよう。私たちは、自分の行為と思考に対しては、ほとんど完全に近いコントロールをしている。私たちの感じていることと生理反応は、選択された行為と思考から分離できない。頭を壁にぶつけるという行動を選択すれば、痛い経験をする。「この場合この行為と思考を選択したことから来る苦痛を、自分が選んでいると言えるのではなかろうか」みじめに感じれば、お酒を飲むという行動を選択するかもしれない。 more…

• 火曜日, 10月 29th, 2013

最高と思われた選択が必ずしも良い選択ではなかった例を考えてみよう。一人の男性が公園を歩いていた。突然、彼は服を全部脱いで、丈の低いサボテンの繁る区画に飛び込み、ゴロゴロと転がり始めた。見ていた人たちが、とげが刺さって血だらけなった男を引っ張りだした。「どうしてこんなことをしたの」と尋ねると、彼は答えた。「こうするのが、良い考えのように思えたからです」私たちは人生で、サボテンの上を転げるような経験をしているが、自分を傷つけようとしてそうするのではない。飛び込んだときにはいつも、良い考えのように見えたからである。離婚を扱う弁護土は、何度もサボテンの上を転がる人がいるので繁盛している。離婚を繰り返す人は、その都度それが最善のように思えるからである。 more…

• 水曜日, 10月 23rd, 2013

自分の感情を直接コントロールし良い気分を選択するというのは、テニスのような行為行動を選択するのとは違うし、チェスのような思考行動を選択するのとも違いますね。しかし、たとえ直接感情をコントロールできなくても、感情ばかりか、生理反応の多くも間接的にコントロールできることに気付くようになるかもしれない。あなたが全行動を選択するときに、常に四つの構成要素すべてが関与しているが、直接コントロールできるのは行為と思考だけである。あなたは反論するかもしれない。自分の考えをコントロールできないと思えることがある。頭の中で繰り返し考えていることがやめられない。それに対する反論はこうである。どんなにそれがみじめなものであっても、あなたはその繰り返し考えている思いを選択しているのだと。 more…

• 火曜日, 10月 22nd, 2013

人間と動物の精神構造にはやはり大きな違いがあります。人間が力(パワー)を求めるような意味合いで、力のための力を求める動物はいないですから。私たち人間に特有のものなんですよね。動物は脅威を感じたり、発情したり、自身や子供のために食料を求めているときには、まさに荒々しいです。しかし、この行動は生存のためであり、力のためではないです。動物は、十分な食料があり、ホルモンの関与や餌を与える子供がなければ、獰猛にはならないです。それに比べて人間は力の欲求を満たそうとする唯一の種ということなんです。この力の欲求があるので、私たちのほとんどが早いうちから、生存の欲求に代えて、生きたいと思う人生を始めるようになったのです。持てる者が必要以上に所有することは、他人が必要を満たせないことを意味しているわけです。それでも、多くの人は、より多くの獲得がもたらす快感を依然として求めているのです。 more…

• 日曜日, 10月 20th, 2013

愛を受けることも一つの技能だという指摘は重く胸に響きます。そう言われると自信がなくなってしまいますね。愛を感謝して受けることを学ぶことは、どんな人間関係においても間違いなく有効です。性関係のない愛にも困難はつきものです。家族、特に親と子は、相手が与える以上にもっとたくさん受けることを望みますから。そうして、一方あるいは両方が外的コントロールを実践し、しばしば家族が分裂する。お互いが相手をコントロールしようとするときには、この断絶を防ぐ方法はなくなってしまいます。不幸なことに、家族の間で意見の不一致があったときに、ほとんどの家族が使うのがこの外的コントロールという誤った方法なんですよね。 more…