• 水曜日, 10月 30th, 2013

彼の思いが繰り返されているのも、彼なりのやり方で試みているのですね。彼の論理はこうである。妻のことを考え続けていれば、彼女を連れ戻す考えを思いつくかもしれない。妻が帰ってこないかもしれないとは絶対に考えたくない。ここで、私たちが感じていることをどのように間接的に選択するか、また生理反応をどのように間接的に選択するかに焦点をあわせてみよう。私たちは、自分の行為と思考に対しては、ほとんど完全に近いコントロールをしている。私たちの感じていることと生理反応は、選択された行為と思考から分離できない。頭を壁にぶつけるという行動を選択すれば、痛い経験をする。「この場合この行為と思考を選択したことから来る苦痛を、自分が選んでいると言えるのではなかろうか」みじめに感じれば、お酒を飲むという行動を選択するかもしれない。お酒を飲んで気分が良くなった経験があるので、また飲酒をして気分を良くしよう、と。しかし、血液の中にアルコールを入れるためには、行為と思考を選択しなければならない。アルコールは何もしないで血中に入りこむことはない。そして人は、アルコールを飲まなければ、気分は良くならないと信じているというわけなのです。

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